李鉉道SMHC株式会社 代表取締役

WAIC 2026で見えた、中国AI産業の現在地と日本企業への示唆
上海で開催されたWAIC 2026(World Artificial Intelligence Conference)を視察しました。
会場には、基盤モデル、半導体、AIサーバー、ロボティクス、医療AI、AIエージェントなど、AIに関わる企業と技術が集結していました。
午前中の視察だけでも、強く感じたことがあります。
それは、中国のAI産業が単なる「生成AIモデルの開発競争」を超え、エネルギー、計算資源、半導体、サーバー、モデル、アプリケーションまでを一体で構築するフルスタック型の産業へ進み始めていることです。
WAICでは、HuaweiのAI計算基盤や、中国製ハードウェアを活用したAIクラスターなども注目されており、米国技術への依存を減らしながら、国内のAI供給網を構築しようとする方向性が鮮明になっています。
今回の視察で得た気づきを、経営者の視点から整理します。
1.中国のAI産業は「フルスタック化」している
会場を歩いて最初に感じたのは、展示領域の広さです。
そこにあったのは、LLMやチャットボットだけではありません。
エネルギー・データセンター
GPU・AI半導体
AIサーバー・計算基盤
基盤モデル
AIエージェント
医療・製造・行政などの業界アプリケーション
ロボティクス・フィジカルAI
これらが一つの産業チェーンとしてつながっていました。
中国企業は、海外のクラウドや半導体を利用してAIサービスを提供するだけではなく、計算資源からアプリケーションまでを国内で完結させるエコシステムを構築しようとしています。
もちろん、先端半導体の製造能力や供給量など、解決すべき課題は残っています。
それでも、国産チップ、国産サーバー、オープンソースモデルを組み合わせ、技術的な自立性を高めようとする動きは、以前より明確になっています。WAICでも、中国製AI基盤とオープンソース戦略が大きなテーマとして示されました。
ここで重要なのは、単に「中国製品が増えた」ということではありません。
AIの競争力が、単独のモデル性能ではなく、産業全体を統合できる力で決まり始めているということです。
2.企業AIは「パブリッククラウド一択」ではなくなる
これまで、多くの企業にとって生成AIの導入とは、外部クラウド上のAPIやSaaSを利用することでした。
初期投資が小さく、短期間で導入できるため、現在も非常に合理的な選択肢です。
しかし、AIエージェントの利用が本格化すると、企業が処理するデータ量、推論回数、トークン消費量は大きく増える可能性があります。
その結果、経営上は二つの問題が重要になります。
一つ目は、データの安全性です。
顧客情報、医療情報、設計情報、営業ノウハウ、社内文書など、企業の競争力を支える情報を、どこまで外部環境へ送るのか。
二つ目は、利用コストの予測可能性です。
AIを一部の社員が使う段階では、従量課金は管理しやすいでしょう。
しかし、複数のAIエージェントが24時間業務を実行するようになると、利用量に比例して増えるクラウドコストを、どのように管理するかが経営課題になります。
そのため、今後は次のようなハイブリッド構成が増えると考えています。
汎用的な処理はパブリッククラウドAI
機密情報を扱う処理はプライベートAI
定型的で大量の推論はローカルまたはオンプレミス
高度な推論は外部の高性能モデル
つまり、将来の企業AIは「クラウドかオンプレミスか」という二者択一ではありません。
データの機密性、性能、速度、コストに応じて、クラウドとローカルを使い分ける設計力が求められます。
3.「一人ひとりが専用LLMを持つ時代」が近づいている
今回、デスクトップ型AI環境の展示を見て、もう一つ強く感じたことがあります。
それは、AIがデータセンターの中だけに存在するものではなく、個人のPCや社内端末へ降りてくる可能性です。
PCやワークステーションのAI処理性能が向上し、軽量モデルや量子化技術が進化すれば、個人や部署ごとに専用AIを持つ構成は現実的になります。
例えば、営業担当者のAIには、
過去の商談履歴
提案書
顧客の業界情報
成功・失注パターン
を学習させる。
エンジニアのAIには、
ソースコード
設計書
障害対応履歴
開発ルール
を参照させる。
経営者のAIには、
経営会議資料
財務情報
KPI
人事・営業・案件データ
を統合する。
一人ひとりが、単なる共通チャットAIではなく、自分の仕事と文脈を理解する専用AIを持つ。
今後2〜3年で、それがどこまで一般化するかは、端末価格、モデル性能、運用負荷、セキュリティ次第です。
ただし方向性としては、クラウドAIだけではなく、ローカルAIやエッジAIが共存する時代へ向かっていると考えています。AIとハードウェアを一体で最適化し、クラウド、エッジ、物理環境を横断する技術開発の重要性も、研究コミュニティで指摘されています。
4.中国製LLMの進化速度は想像以上に速い
WAICでは、中国製基盤モデルの進化速度も強く印象に残りました。
智譜AIのGLM-5.2や、Moonshot AIのKimi K3など、新しいモデルが短いサイクルで投入されています。GLM-5.2は公式開発ドキュメントでも提供モデルとして確認でき、Kimi K3はMoonshot AIの公式サイトで、マルチモーダル、長いコンテキスト、コーディングや知識労働を想定したモデルとして紹介されています。
特に重要なのは、オープンソース戦略です。
モデルを公開することで、
開発者が改善する
企業が独自環境へ導入する
業界別の派生モデルが生まれる
実装事例が増える
さらにモデルの利用が広がる
という循環が生まれます。
米国では、高性能なクローズドモデルをクラウドサービスとして提供する企業が大きな影響力を持っています。
一方、中国ではオープンソースモデルと国内ハードウェアを組み合わせ、企業ごとに導入・改良するエコシステムが、より重要な位置を占める可能性があります。中国がWAICを通じ、オープンソースAIの普及と国際展開を強調していることも、この流れと一致します。
ただし、「中国モデルが米国モデルに追いついた」と一括りに断定するのは早いでしょう。
モデルによって、推論、コーディング、マルチモーダル、安全性、運用安定性などの強みは異なります。
重要なのは、性能差の一点比較ではなく、技術革新と社会実装の速度が急速に上がっていることです。
5.LLMの次のボトルネックは、モデルサイズだけではない
これまでのAI開発では、パラメータ数や計算量を増やすスケーリングが、性能向上を支えてきました。
しかし、今後はモデルを大きくするだけではなく、どのようなデータで学習し、どのようなフィードバックを与えるかがさらに重要になると考えられます。
特に価値が高いのは、現実の業務から得られるデータです。
AIがどのような提案をしたか
人間がどの提案を採用したか
どこで修正したか
最終的にどのような成果が出たか
失敗した理由は何か
こうした実運用データは、インターネット上の一般データとは異なります。
企業独自の業務、判断、成果にひも付いた、再現が難しいデータです。
今後、強化学習や継続的な評価・改善において、このような高品質なフィードバックデータの価値は高まると考えられます。
だからこそ、AIをまだ十分に活用していない企業にとっての最大のリスクは、AIツールを持っていないことだけではありません。
AIを業務へ組み込み、改善データを蓄積するスタートが遅れることです。
6.AIエージェントとLLMは、相互に進化する
今後のAI進化は、次のような循環によって加速する可能性があります。
LLMの性能が向上する
↓
AIエージェントが、より複雑な業務を実行できるようになる
↓
現実の業務から、行動・判断・結果のデータが蓄積される
↓
そのデータを評価・学習へ活用する
↓
LLMとAIエージェントがさらに改善される
これは、AIがAIを自動的に進化させるという単純な話ではありません。
安全性、データ品質、評価設計、人間による監督が不可欠です。
それでも、モデルとエージェントが別々に進化するのではなく、利用と学習のフィードバックループを形成することが、次の競争力になるでしょう。
経営者が考えるべき三つの時間軸
WAIC視察を通じ、企業のAI戦略を次の三つの時間軸で整理しました。
短期:1〜2年
AIエージェントを業務へ導入し、実装する競争が本格化します。
重要なのは、利用アカウント数ではありません。
どの業務時間を削減したか
どの意思決定を高度化したか
どの顧客価値を生んだか
どのプロセスを自動化したか
を測定する必要があります。
中期:2〜3年
企業や業界ごとのプライベートLLM、オンプレミスAI、ローカルAIが広がる可能性があります。
特に、医療、金融、製造、公共分野では、データ保護とコスト管理の両面から、ハイブリッド型AI基盤の重要性が高まります。
長期:3〜5年
競争優位の源泉は、汎用モデルそのものから、
独自データ
業務プロセス
AIエージェントの運用ノウハウ
評価・改善の仕組み
セキュリティとガバナンス
へ移っていくと考えています。
同じモデルを利用できても、同じ成果が出るとは限りません。
AIをどう業務に埋め込み、どのデータを蓄積し、どれだけ速く改善できるか。
そこに企業間の差が生まれます。
SMHC・Melodisへの示唆
今回の視察は、SMHCが進めている方向性を、さらに加速すべきだと再認識する機会になりました。
1.AIネイティブ経営への移行
AIを一部の業務効率化ツールとして扱うのではなく、経営、営業、採用、開発、管理のプロセスそのものへ組み込む。
人がAIを補助的に使う組織から、人とAIが共同で業務を動かす組織へ移行します。
2.医療データを安全に活用するプライベートAI基盤
Melodisでは、患者、医療機関、医薬品、健康データをつなぐHealthcare Platformの構築を進めています。
医療情報は、極めて慎重な取り扱いが必要です。
そのため、外部の汎用AIへすべてのデータを渡す構成ではなく、データの種類と用途に応じて、プライベートAI、クラウドAI、人による判断を組み合わせる必要があります。
セキュリティ、個人情報保護、アクセス制御、ログ管理、モデル評価を、事業設計の最初から組み込むことが前提です。
3.実運用データを競争優位へ変える
AIエージェントを業務プロセスへ組み込み、実行結果を継続的に蓄積する。
そして、成功・失敗・修正内容を分析し、次の業務改善へつなげる。
この循環を早く構築できれば、SMHCとMelodisにしかない独自の運用データとノウハウが蓄積されます。
AIを使う企業ではなく、AIとともに学習し続ける企業になる。
それが、SMHCの目指すAIネイティブ経営です。
最後に
WAIC 2026で私が感じたのは、中国のAI技術の進歩だけではありません。
AI産業の競争ルールそのものが変わっているということです。
これまでの競争は、
誰が最も高性能なモデルを作るか
でした。
これからの競争は、
誰がAIを自社の環境へ安全に実装し、独自データを蓄積し、継続的に改善できるか
になります。
モデルは、将来的に多くの企業が利用できます。
しかし、企業独自のデータ、顧客理解、業務設計、運用ノウハウは、短期間ではコピーできません。
皆さんの会社では、AIを「導入」しているでしょうか。
それとも、
AIが使われるほど、自社のデータと競争力が蓄積される仕組み
を作り始めているでしょうか。
この違いが、今後3〜5年の企業競争を大きく分けると考えています。
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この記事は2026年7月21日にLinkedInで公開したものです。LinkedInの元記事でコメントする
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