李鉉道SMHC株式会社 代表取締役

退職は「関係の終了」ではない。企業の採用力は、辞める瞬間に試される
かつて、退職は会社との関係を断ち切ることだと考えられていました。
以前の勤務先に戻ることも、「転職に失敗した」「キャリアが後退した」と見られがちでした。しかし今、その常識が変わり始めています。
一度退職した後、再び以前の会社へ戻る「ブーメラン従業員」、私はより前向きに「アルムナイ人材」と呼びたいと思います。
ADP Researchによると、米国では2025年3月の新規採用者の35%が過去に同じ企業で働いていた人で、前年同月の31%から増加しました。情報産業では、その割合が約3分の2に達しています。
ただし、この数字はADPの米国給与データに基づくもので、日本企業全体にそのまま当てはめることはできません。それでも、人材獲得の考え方が「新しい人を探す」だけでなく、「一度離れた人と再びつながる」方向へ広がっていることは、経営者として注目すべき変化です。
なぜ企業は、元社員を再雇用するのか
元社員には、新規採用者にはない強みがあります。
企業文化や仕事の進め方を理解している
顧客、製品、技術、社内関係者に関する知識がある
オンボーディング期間を短縮できる可能性がある
他社で獲得した技術やマネジメント手法を持ち帰れる
過去の勤務実績から、採用時の不確実性を抑えやすい
特にIT業界では、技術力だけでなく、顧客との関係やプロジェクトの背景、社内の意思決定プロセスを理解するまでに時間がかかります。
その意味で、優秀なアルムナイ人材は「昔の社員」ではありません。
自社を理解しながら、外部で新しい経験を積んだ人材です。
企業側にも本人側にも学びがあれば、復帰は後戻りではなく、以前より高いレベルから始める「第二の入社」になり得ます。
ただし、「元社員だから安心」は危険である
一方で、出戻り採用を無条件に歓迎することにはリスクがあります。
過去に在籍していたという安心感から、通常の採用基準を緩めてしまえば、判断を誤る可能性があります。また、元社員が以前より高い給与や役職で戻った場合、在籍し続けた社員が、
「社内で努力するより、一度辞めた方が評価される」
と感じるかもしれません。
これは非常に大きな組織リスクです。
アルムナイ採用で一つの欠員を埋めても、現在活躍している社員のエンゲージメントが低下すれば、別の退職を生みかねません。
研究でも、ブーメラン人材は組織への適応や立ち上がりに利点がある一方、将来のパフォーマンスや定着を無条件に保証する人材ではないことが示されています。
したがって、経営としては次の二つを同時に進める必要があります。
A案:アルムナイ採用 即戦力化と採用リスクの低減が期待できる一方、過去の評価への依存や社内公平性に注意が必要
B案:社内人材の育成・登用 定着と組織文化の強化につながる一方、育成に時間とマネジメントコストがかかる
どちらか一方ではありません。
アルムナイ採用は、社内育成を補完するものであり、置き換えるものではない。
これが重要な原則だと考えます。
SMHCが目指すアルムナイ採用の考え方
SMHCでは今後、退職を「関係の終了」ではなく「関係性が変わるタイミング」と捉えたいと考えています。
具体的には、次の方針が必要です。
1.退職時こそ、誠実に対応する
引き留めることだけを目的にせず、退職理由を正確に把握し、会社として改善すべき課題を明確にします。
貢献してくれたことへの感謝を伝え、円満なオフボーディングを行うことが、将来の再入社や取引、紹介につながります。
2.再雇用の基準を明文化する
元社員という理由だけで優遇せず、次の項目を改めて評価します。
過去の実績と退職理由
退職後に獲得したスキルと経験
復帰後に担う役割
現在の組織・事業との適合性
報酬と既存社員との公平性
情報セキュリティ、守秘義務、利益相反上の問題
IT・AI・医療に関わる企業として、アクセス権限の再設定、機密情報の取り扱い、個人情報保護なども、新規入社と同じ基準で確認しなければなりません。
3.「なぜ戻すのか」を社内に説明できるようにする
再入社する本人のためだけでなく、現在働いている社員に対しても、役割や評価理由を説明できる状態をつくります。
特別扱いではなく、組織にどのような価値をもたらす人材なのかを明確にする必要があります。
4.退職後も適切な距離でつながる
定期的な近況共有、会社イベントへの案内、LinkedInなどを通じた交流により、必要なときに自然に話せる関係を維持します。
ただし、本人の同意なく個人情報を採用目的で利用したり、一方的な勧誘を繰り返したりしてはいけません。
5.戻ることより、「戻った後の成果」を重視する
復帰そのものを成功と見なすのではなく、入社後90日・半年・1年の成果と定着を確認します。
アルムナイ採用も、採用単価、立ち上がり期間、定着率、既存社員への影響まで含めて検証すべき経営施策です。
企業文化の本当の評価は、退職後に表れる
社員は、担当した仕事の細部を忘れることがあります。
しかし、自分が尊重されていたか、意見を聞いてもらえたか、困ったときに支えてもらえたかは、長く記憶に残ります。
採用力とは、求人広告の表現やスカウト数だけではありません。
在職中にどう向き合ったか。 退職時にどう送り出したか。 退職後もどのような関係を築けるか。
そのすべてが、企業の採用ブランドをつくります。
これからの人材経営では、「退職者を減らす」だけでなく、「退職しても関係が続く会社」をつくることが重要になるのではないでしょうか。
出戻りかどうかが問題なのではありません。
問われるのは、離れていた期間に本人と会社の双方が成長し、以前より良い関係を築けるかどうかです。
皆さんの会社では、一度退職した社員が「また働きたい」と思える関係を築けているでしょうか。
参考資料:
Harvard Business Review:The Promise (and Risk) of Boomerang Employees
Journal of Management:Welcome Back? Job Performance and Turnover of Boomerang Employees
Forbes:Boomerang Employees Surging—Why Companies Want Former Workers Back
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この記事は2026年9月8日にLinkedInで公開したものです。LinkedInの元記事でコメントする
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