李鉉道SMHC株式会社 代表取締役

論文は立派。コードも動く。 でも、「なぜ?」と聞くと説明できない。
そのとき、大学や企業が評価しているのは、人間の能力でしょうか。それともAIが作った成果物でしょうか。
AIを使いながら深く理解した人もいれば、出力をそのまま提出した人もいる。
同じように完成度の高い成果物が並んだとき、何をもって「実力がある」と判断するのか。
これは大学だけでなく、企業の採用と育成にもつながる問いです。
経済学者ジェイソン・ポッツは『The University after AI』で、大学の中核機能を「マッチングと検証」と捉え、AIがその機能を揺さぶると論じています。
大学の衰退を実証した研究ではなく、大学の役割と改革を考える分析的な論考です。しかし、その問題提起は重い。
「この人には能力がある」と社会に証明する仕組みそのものが、問われているのです。
卒業証書は、何を確かめた結果なのか
大学で知識を学び、課題に取り組み、評価を受ける。
ポッツが重視するのは、その先にある機能です。大学は情報を提供するだけでなく、能力や品質を検証し、学生と社会をつないでいる。
ところが、AIが成果物を作れるようになると、提出物の完成度と本人の理解を、これまで以上に分けて考える必要が出てきます。
だからといって、「学歴はもう無意味だ」と結論づけるのは早いでしょう。
私が問いたいのは、その証書が何を確かめた結果なのか、ということです。
知識を覚えたのか。 根拠を持って判断できるのか。 AIの答えに誤りがあれば、気づいて修正できるのか。
立派な答えを提出できることと、その答えに責任を持てることには、違いがあります。
「できた」と「身についた」は違う
この違いを考えるうえで、参考になる実験があります。
2025年にPNASで公表された、トルコの高校生約1,000人を対象とする数学の研究です。
通常型のAIを使った生徒は、練習中の成績が対照群より48%高くなりました。しかし、AIを使えない試験では、対照群より17%低くなりました。いずれも得点の相対的な変化です。
一方、答えを直接渡さず、教師が設計したヒントを提供する学習支援型AIでは、この悪影響がほぼ解消されました。ただし、AIなしの試験で対照群を上回る効果までは確認されていません。
この結果を、すべての年齢や科目に一般化することはできません。
それでも、大切な区別を示しています。
AIを使っている間の成果が良くなっても、本人の力が同じように伸びたとは限らない。
「成果物が良くなったから、成長したはずだ」
大学でも企業でも、そう判断する前に確かめるべきことがあるのではないでしょうか。
採用でも、成果物の先を見る
経営者として私は、完成したものを見るだけで評価を終えたくありません。
「なぜ、この方法を選んだのですか?」
「別の方法と比べて、何を優先しましたか?」
「条件が変わったら、どこを修正しますか?」
こうした問いを通じて、本人の理解や判断を確かめたい。
AIを使った人を落とすための質問ではありません。
AIを使って成果を出せることと、その成果を検証できること。両方を評価したいからです。
コードが動くだけでなく、不具合の原因を説明できるか。
提案書が整っているだけでなく、数字の根拠や前提を説明できるか。
私が採用で見たいのは、そこまで含めた実力です。
新人の仕事をなくした後、誰が専門家を育てるのか
育成にも、同じ問いがあります。
基礎的な作業をAIに任せれば、時間とコストを減らせる。短期的な効率を考えれば、魅力的です。
でも、その作業を通じて身につけていた力は、これからどこで育てるのでしょうか。
不具合を調べる仕事を減らすなら、原因を見極める練習をどう残すか。
資料作成を任せるなら、数字の矛盾や根拠の弱さに気づく力をどう育てるか。
将来、専門家が不足すると決まったわけではありません。これは私自身の経営上の懸念です。
だからこそ、効率化で生まれた時間の一部を、判断力を鍛える機会に振り向けたい。
AIの出力を若手にレビューしてもらう。 判断の理由を説明してもらう。 条件を変えて、結論を考え直してもらう。
人が育つ仕事を、AI時代に合わせて作り直す。
短期の生産性と、中長期の成長力を両立させるには、そこまで設計する必要があると思います。
AIが賢くなるほど、人の成長を確かめたい
子どもの学習でも、私は同じことを大切にしたい。
「答えを教えて」だけでなく、
「答えはまだ教えないで。私がどこでつまずいたのか、一緒に確かめて」
と使う。
すべてを一人で苦労する必要はありません。でも、自分で考え、説明し、間違いを直す時間は残したい。
大学にも、企業にも、家庭にも共通する問いがあります。
「AIを使って何を完成させたか」に加えて、「本人に何が身についたか」を、どう確かめるか。
学歴が無意味になるかどうかは、まだ分かりません。
ただ、AIが作った成果物の完成度だけで、人の実力まで分かったことにはしたくない。
私はそう考えています。
皆さんの職場では、AIを使った成果物から、本人の実力をどう見極めていますか。
そして、若手が力をつけるために、どんな経験を残したいと思いますか。
参考資料
・Jason Potts:The University after AI 大学の機能と改革を論じる分析的論考。本記事では確認できた要旨の範囲を参照しています。
・Bastaniほか:Generative AI without guardrails can harm learning: Evidence from high school mathematics PNAS、2025年。高校数学におけるAI利用と学習成果の実験研究。
この記事は2026年10月13日にLinkedInで公開したものです。LinkedInの元記事でコメントする
CEOブログ一覧に戻る

